苦楽堂通信
インタビュー
2023年2月6日号
「フラヌール書店」店主・久禮亮太さん 開店前祝いインタビュー
『スリップの技法』著者がいよいよ始める「手づくりの本屋さん」
文・苦楽堂編集部
2023年1月、店内で作業中の久禮さん。右奥にあるのが「ひみつの小部屋」(撮影・苦楽堂編集部)
開けて作業するようになりました
なんか今、いいもの見ました。
【久禮】ぼくも心構えがまだできてなかったんで、ずっと閉めたまま作業してたんですけど、ああいうふうに見てくれることを期待して、最近、開けて作業するようになりました。
ところで、なんで棚、自分でつくってるんですか?
【久禮】ひとつは、単純に「自分でつくりたい熱」が高まって。コロナ禍始まった頃から家の中でやってたりしたんですけど、家の中だと大きな音も出せないし。ここなら思い切りやれるので。もうひとつは、「書店のスチールの規格品の棚はいやだなあ」と前から思ってて。小石川の Pebbles Books(※)でも、シンプルな棚を合板でつくったりはしてました。あのときは、あれでもよくやったと思ってたんですけど、「次はもうちょっと改善したいな」って思ってて。
※Pebbles Books ペブルズ・ブックス。久禮さんが店主を勤めていた書店。2022年7月閉店。
長崎書店(※)の棚は、プロの家具職人さんがつくられたものですよね。久禮さんの長崎書店さんでのご経験は、棚づくりに影響を?
【久禮】そうですね、ちょっとアイデアをもらいました。ただ、プロの仕事にはもうまったく及ばないです。精度がまったく違う。最初の切り出しの精度が高いと、組んだときにビシッと決まるんですよ。けど、精度良く木材を切るのって、そのための設備投資の世界なんですよね。四角い板を買ってきても、木って微妙に歪んでるので、それを精度よく切るのってほんとうに難しいんです。でも職人さんにつくってもらおうとすると何百万円が平気で飛んでっちゃうので、自分で切ってます。
※長崎書店 久禮さんが定期的に通って、棚づくりや店員さんの指導を請け負っている創業明治7(1874)年の老舗本屋さん。熊本市にあるけど社長さんのお名前が長﨑さんなので長崎書店。同店の什器は家具職人・渡邊謙一郎さんの会社「スタンダードトレード」製。
自分で棚をつくるのに、おカネどれくらいかかりましたか。
【久禮】サブロクっていう、畳1枚ぐらいの合板を100枚買ったんですけど、ぜんぶで30万円くらいでした。でも、スチールの棚を買うともっとかかるんですよ。塗装もぜんぶ自分でやってます。仕上がりがいいとは、とても言えないんですけど……。本に色がうつると嫌なので、ニスを何度か塗ってます。棚板の間隔、「もうちょっと詰めれば、もう一段組めて、在庫多く持てるな」とは思うんですけど、ぎっちり在庫を詰めすぎるよりは、少し間隔を開けてて圧迫感がないようにしたいです。ぼくは放っておくと「自分の好きな書斎」みたいに詰め込みたくなっちゃうんです。そうすると棚1本に8段、もしくは天井までぎっちり詰めてハシゴとか付けちゃうかもしれない。でも、在庫いっぱい持ってても「そんなに回転よく売れないよな」っていう現実はあって、ある程度絞り込んで情報量が少ないほうが、一般のお客さまが買いやすいっていう肌感覚はあります。
お店の絵図面あるんですか。
【久禮】いちおうiPadの中にあるんですけど、それはイメージ図に過ぎなくて、正確な寸法の平面図はつくってないです。
えっ、それでつくれるもんですか?
【久禮】棚の横幅が3尺もしくは6尺が一単位で、それがいくつ並ぶか……と考えていくと、あとは現場合わせでできるんです。買ってくる木が3尺×6尺でできてるから、それをカットする工数をいかに少なくして端材を出さずに使うかという「経済性ありき」な発想でやってます。
大工さんとしての仕事のペースは予定通りですか。
【久禮】予定というものを、いまいちぼくが定めていなかったというか(笑)。イメージではもっと早く終わってると思ってたんです。でも、気がついたら「大工仕事終わってないじゃん」と。
気になったのが、右奥のシェルターみたいな一角なんですけど。
【久禮】ここはギャラリーというか、展示スペースになります。今はどう見てもゴミ置き場に見えますけど。棚の制作が終わりしだい、ここは美しく整えて、ひみつの小部屋的なものに生まれ変わる予定です。これがなければ、ずどーんと単純に左右対象のお店になっちゃうんですけど、店の右奥にひみつの小部屋ができると、ちょっと線がズレていいかな、と。書店の中に別の空間ができるのが面白いかなと思ってます。
なるほど、お店入ってぜんぶ見通せちゃうと、ちょっとつまんないですからね。
【久禮】絵の展示もできるし、そのま販売もできるし。そういうのやりたいし。ここで通常の品揃えとはぜんぜん違うブックフェアやってもいいし。この奥がトイレなんですけど、トイレの扉の前についたて的なものも欲しかったし。大工さん作業は、ここが最後になると思います。
大工さん仕事、楽しいですか。
【久禮】もう半年ぐらいやってますけど、楽しいです(笑)。この間まで、作業の具合はSNSにも極力上げず、もうこの楽しい時間を自分だけが満喫しようと思ってたんですが、「そろそろみんなに知らせていかないといけないんだろうな」「人に見られて、人の視線が入ってだんだん変わっていかなきゃいけない頃合いだな」と思って。ここからは自分だけの楽しみの時間から、「どういう風に見られるかな」「見映えつくんなきゃな」とか、「売れるようにしなきゃな」とかいう思考が働き始めるんですけど、そこに至るまでは、ただ自分だけが楽しんでる時間が長かった。
あれ、レジ台のうしろに、もう本がささってますね。
【久禮】これは目黒の洋服屋さん(※)で二坪ぐらいの場所を借りて間借りの本屋をやってて。そこの在庫と、家の本棚が溢れてきたものです。
※目黒の洋服屋さん 目黒駅近くのドレメ通りにある「Litlte Happiness」のこと。カフェ「my little happiness」併設。ここに久禮さんの「間借りの本屋」さんコーナーがある。
てことは、レジ台の上に置いてあるこのスリップは。
【久禮】その目黒の間借り書店で出たものです。
スリップ見ると、久禮さんのお店に来たなあって思いますよ。
あ、この物件、シャッターあるんですね。ということは、久禮さんがお店に来る前に取次(※)がシャッター開けて雑誌を置いていくことになる?
※取次 とりつぎ。本の問屋さんのこと。朝、取次のトラックで雑誌を運んできた運転手さんが開店前のお店のシャッターを開けて雑誌を置いていく。運転手さんはお店からシャッターの鍵を預かっており、雑誌を置いたあとシャッターを閉めて次の本屋さんへと向かう。
【久禮】シャッター開けっぱなしでもいいかなあと思ってるんですけどね。ショウウインドウ的な効果を考えて、常に中が見えるようにしておいてもいいかなって。営業時間外でも、お店の前を通る人が「今度行こうかな」って思ってくれる宣伝効果は狙いたくて。治安悪い場所でもないし、大家さんも「いいんじゃない」って言ってくれてるし。入口のガラス戸の鍵だけ取次さんに預けてお願いしようかな、と。
この続きは紙版の「苦楽堂だより vol.4」に収録します。「苦楽堂だより vol.4」は、フラヌール書店さん店頭限定配布ですので、「家賃ナンボですか」とか「ご家族の反対はなかったんですか」といった質問から、「帳合はどうなった」「どんな品揃えで始めるの」といった業界的な問いへの久禮さんの答えが読みたい方は、ぜひフラヌール書店さんへ!